【書評】葬式は、要らない~区切りとして葬式は必要だが経済的負担は負わない方が良い~

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父の葬儀で色々思うところがあり存命の母と自分自身の終活のために本書で葬式についてすこし考えてみた。

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注意事項

葬式については個々の価値観があり筆者の考えが正しいとは断言できませんのでご注意ください。先祖への感謝はありますがやはり今の葬儀ビジネスは個人的に違和感しかありません。

「葬式は、要らない」のおさらい

新しく触れる知識が多く非常に面白く読むことができた。難しい部分は深堀して知識を深めないといけないが、理解しやすい内容でサクサク読めた。

第1章 葬式は贅沢である

国ごとに文化や風習が違うので何とも言えないが海外と比べると違和感がある。葬式に200万円以上が日本での常識であるが冷静に考えたらちょっとやり過ぎ感が否めない。

1990年代の前半、アメリカの葬儀費用は44万4000円、イギリスは12万3000円、ドイツは19万8000円、韓国は37万3000円だった。
~中略~
2003年こそ237万6000円と2007年より高かったが、その前、1999年では226万1000円、1995年では215万5000円だった。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P18

お金をかけた葬儀は不要だと思うがけじめとしてのお別れセレモニーは必要だと筆者は思う。

少なくとも、その死を確認して、けじめをつけたい。葬式への参列ほど明確なけじめの機会はない。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P26

海外の葬儀費用を考えると一度冷静になって葬式とは何か考え直した方がよさそうだ。筆者個人的には、故人の友人や知人達へのお別れ会みたいなものは必要だと思っている。そうなるとお通夜だけ開放してお葬式を家族葬にするとかそんな感じだろうか。

第2章 急速にかわりつつある葬式

1990年くらいから「直送」(じきそう、もしくは、ちょくそうと読む)と呼ばれるものが出てきた。これはお通夜や告別式をせずにそのまま火葬場に行くタイプ。直送は昔身寄りのない方などが太陽であったが今では一般の人も利用するようになってきたとか。高齢化が進み葬儀への参加者が少ない場合は家族葬などがよさそう。葬儀の選択肢が増えてきているようなので故人にあった方法を選ぶとよさそう。例えば定年後直ぐに亡くなった場合は、仕事関係で多くの人が参列する可能性があるので一般参加の通夜にしたり、高齢でまわりの友人も参列が難しいようなケースでは家族葬にしたりと。こういったことも終活の一部として事前に本人と話しておくといいかも。

第3章 日本人の葬式はなぜ贅沢になったのか

お葬式は基本仏教式になると思うがほとんどの人が日常的に仏教に通じてはいないのではないだろうか。仏教の歴史や葬式の由来を考えると今の葬式は形骸化している気がする。故人との別れを惜しむ機会は必要であるが贅沢な葬式は必要ないのではないかと思えてきた。そもそも釈迦の考えとはまったく違うのわけで何かおかしい気がする。宗教および仏教についての知識は浅いので詳しくは著書等でご確認ください。

しかも釈迦は、死後のことは、死んでみなければ知ることはできないとし、生前に死後について考え語ることはできないし無駄だと説いた。
~中略~
釈迦の教えからすれば、死後、地獄に行くことを恐れたり、西方極楽浄土への往生を願って莫大な金を費やすことは、無駄で虚しい営みのはずである。
ところが現世において豊かで幸福な生活を送った貴族たちは、死後もその永続を願い、現世以上に派手で華やかな浄土の姿を夢想した。たんに夢想しただけではなく、浄土を目の前に出現させようと試みた。
ここにこそ日本人のそういs気が贅沢になる根本的な原因がある。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P62

第4章 世間体が葬式を贅沢にする

こういったことを知ると今のお寺や仏教が本当に必要なのか考えさせられる。学校ではこんなこと教えてくれないよな。

各寺院は行政組織の末端に位置づけられ、いわば役所の戸籍係の役割を果たすようになる。それによって、村人は必ず仏教式の葬式をしなければならなくなり、戒名も授けられた。これを契機に、仏教式の葬式が庶民の間に浸透する。
これは権力による信仰の強制であるわけだが、村人の側にもそうした信仰を受け入れる必然性があった。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P76

第5章 なぜ死後に戒名をさずかるのか

そもそも「仏教」と「仏教を利用した民衆の管理」は別物と考えた方がよさそう。こういった歴史を知ると何が必要で何が不要なのか少しづつ理解できる。面白い内容だがちょっと小難しいのである程度の教養がないと読むのが辛いかも。筆者もわからない用語が多く難儀した。

現在の寺のあり方を変えようと奮闘する、長野県松本市にある神宮司の住職、高橋卓志は、戒名には多くの問題があり、まず「戒なき坊さんから戒名を受けるという根本矛盾だ」と述べている。
~中略~
日本の仏教は葬式仏教に成り果てたことで堕落してしまった。そう考える人は少なくない。その堕落の象徴が、戒名と戒名料なのである。
~中略~
しかも戒名はランクをともなうことで、村の身分秩序を安定させる役割をも担うようになった。その点でも、戒名は仏教の教えとは関係がないものであるのである。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P92

戒なき坊さんについてはこちら。

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第6章 見栄と名誉

筆者は家族と相談して父親を永代供養した。故人への想いはあるもののお墓を維持するメリットは考えられない。筆者が死んだときも永代供養を希望し子供達の負担は少しでも減らしたいと思っている。

お墓はいらない~管理費0円の合祀式供養で納骨し永代供養する~

昔なら、墓が残るのは権力者だけだった。一般の庶民は、土葬され、その上に目印をして墓標が立てられるだけで、立派な墓石を使った墓が残ることはなかった。
ところが、現在では、墓石を立てる習慣が広まり、墓さえ求めれば、それが半永久的に残る耐性がつくられている。それ自体、相当に贅沢なことなのである。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P121

第7章 檀家という贅沢

時代の流れを考えると檀家の意味がどこまであるのか疑問である。

檀家のものであるということは、寺を盛り立てていくために活動しなければならないことを意味するが、そうした行動をする檀家は少なくなってきた。特に都会では、檀家意識は相当に希薄なものになっている。
~中略~
考えてみれば、寺の檀家でるということは、それ自体ひどく贅沢なことである。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P133

菩提寺と檀那寺のちがいについてはこちら。

まず菩提寺とは、「そのご寺院の宗旨に帰依し、先祖代々のお墓がある、先祖の位牌を納めてあるご寺院」という意味を持つ言葉です。
一方、檀那寺とは、「そのご寺院の檀家となり、日頃から御布施などにより経済的に支えているご寺院」を意味します。

引用:菩提寺と檀那寺の違い・ご葬儀との関連性は?|コラム|神戸・西神・阪神の家族葬(お葬式)平安祭典

第8章 日本人の葬式はどこへ向かおうどているのか

直葬が増えるのも必然である。

葬式は明らかに簡略化に無会っている。それは葬式を必要としない方向への変化だとも言える。今や現実が葬式無用論に近づいているのだ。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P153

第9章 葬式をしないための方法

歌詞を自動生成するソフトに似てるな・・・。

あるいは、戒名をつけるためのコンピューター・ソフトも開発され、販売されている。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P165

第10章 葬式の先にある利用的な死のあり方

残された人が迷わないようにちゃんと終活しておく必要がありそう。

一人の人間が生きたということは、さまざまな人間と関係を結んだということである。葬式には、その関係を再確認する機能がある。その機能が十分に活気される葬式が、何よりも一番好ましい葬式なのかもしれない。そんな葬式なら、誰もがあげてみたいと思うに違いない。

引用:葬式は、要らない(著:島田裕巳)P182

葬式は要らないのか

基本は故人の意思を尊重し無理のない範囲で対応。可能なら終活として葬式の内容を決めておきたい。

特別な理由がない限り豪華な葬式は不要

故人の意向や立場的に必要な場合でない限り豪華な葬式は不要だと思う。ただ、親戚などの体裁がある場合は家族葬など簡略化したものでいいのではないだろうか。筆者は自身な死んだら直葬をお願いしたい。やはりこの辺は後でもめないよう終活として本人としっかり決めておくといいだろう。

故人との別れのけじめとしてセレモニーは必要

仏教的なものではなくとも故人とのわかれにけじめをつけるためにも何かしらのセレモニーは必要である。直葬した場合に焼香しに自宅に大勢の人がつめかけたらちょっと問題。故人の交友関係などを考慮してセレモニーをどうするか検討した方がいい。比較的若く友人も多い場合は一般的な通夜をした方が無難かもしれない。

終活し経済状況を踏まえ検討

人はいつか必ず死ぬので終活ははやいうちにやっておいてもいいハズ。故人と相談し無理のない範囲で葬式を行える準備をしておければベストである。

まとめ

葬式はいらないということでかなり偏った内容かと思ったがそうではなかった。著者が宗教学者ということでかなり濃い内容になっていた。筆者が知らなかった知識がてんこ盛りで非常に楽しく読むことができた。よくよく考えるとこういった大事な話を学校では教えてくれない。自身で選択して情報を取集できるようにならないとダメだということを再認識した。

ポイント
  • 今の仏教は葬儀ビジネスで成り立っている
  • 時代背景が変わって葬式の形は変わってきている
  • 故人との別れの儀式が出来れば仏教にとらわれる必要はない

筆者は直葬香典なしを希望します。

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